「枯れた歌声」という言葉に、喉を酷使する様子を想像する人が多いかもしれません。

しかし「枯れる」は歌声の掠れに対して使われる言葉ではありません。「嗄れる」が正解です。

「枯れる」は、植物が成長を止めて干からびてしまう場合に使われます。

この歌詞で歌っているのは植物。枯れ葉が擦れあって紡ぐ歌声だと考えられます。

海を眺める季節に別れ、枯れ葉が風に歌う秋や冬があっという間に過ぎていた、と歌っているのでしょう。

無機物よりも孤独な存在

ねえ
高層ビルが退屈に光って俺を嘲笑っているよ

出典: 高層ビルと人工衛星/作詞:小池貞利 作曲:小池貞利

一度建設された高層ビルは、余程のことが起きない限り、そこからなくなることはありません。

普遍であり、不変とも言えます。

立っているだけで、太陽が勝手に照らしてくれて、明るく輝く高層ビル。

何も失わずに他者のおかげで輝く建築物と、普遍・不変の状況で大きな存在を失った「俺」。

無機物に対してさえ、「俺」は劣等感を抱いているのでしょう。

ビルからの光が自分を嘲笑(ちょうしょう)していると感じるようです。

ねえ
人工衛星も孤独と飛び交って俺を嘲笑っているのか
もう不甲斐なくて情けなくて
涙がこぼれ落ちた

出典: 高層ビルと人工衛星/作詞:小池貞利 作曲:小池貞利

広くて暗い宇宙空間をさまよう人工衛星は、孤独な存在に見えるかもしれません。

しかし何の目的も持たずに周回しているわけではなく、誰かと交信し続けています。

運用が終わった人工衛星は燃え尽きるものもありますが、宇宙空間を周回し続けるものもあります。

ある意味普遍・不変であり、孤独に見えて孤独ではない。

「俺」は人工衛星に対しても劣等感を持ってしまいます。

感情を持たない無機物でさえも、誰かと、何かと、大切な存在と関わっているのです。

それなのに自分は、大切な存在を失って孤独になりました。

「不甲斐ない」ということは、やはり別れた原因を作ったのは「俺」自身なのでしょう。

後悔に苛まれ、また涙します。

閉じ込めた感情は解き放てない

時を経て募る想い。感じるままに伝えたい衝動にかられます。

しかし現状を変えられず、卑屈になる「俺」の姿に心が痛みます。

薄れる思い出と変わらない想い

she see sea 淡い手に祈って
she see sea 荒い目に映って
she see sea 風に吹かれて笑って
she see sea 今更わかって
わかったような

出典: 高層ビルと人工衛星/作詞:小池貞利 作曲:小池貞利

再び思い浮かべたのは、別れの日の海辺の彼女のことです。

しかし季節が巡った今、思い出は少しずつ薄れていきます。

海を見ている彼女の手が、自分に触れてくれたらいいのにと思ったのでしょうか。

彼女の手を見て祈りますが、薄れた記憶の中では鮮明な像を結びません。ぼんやりとしています。

彼女の姿自体も輪郭を失いつつあるのでしょう。

まるでノイズだらけの映像のように、ざらついた姿として思い出したのです。

寒い季節は過ぎたので、もしかすると潮風はぬくもりを取り戻したかもしれません。

薄れゆく記憶と風の温度に、否が応でも時の経過を思い知らされ、笑います。

時間と共に消えていく記憶は普遍・不変ではないのだと、今更知りました。

そしてもうひとつ知ったことがあります。

それは、彼女に対する思いが「不変」だということです。

想いをぶつける言い訳は用意済み

繕いもせずに産声をあげる赤ん坊のように
成りたくて成りたくて

出典: 高層ビルと人工衛星/作詞:小池貞利 作曲:小池貞利

赤ん坊は、産まれてすぐに誰に断るわけでもなく泣き出します。

迷惑になるから泣かない、という気遣いをする赤ん坊はいません。

これもまた普遍・不変です。

思いのまま泣ける赤ん坊のように、変わらない想いを彼女にぶつけられたらいいのにと思っています。

初めて手にした
岡崎京子のpinkを理由にするには
充分過ぎた

出典: 高層ビルと人工衛星/作詞:小池貞利 作曲:小池貞利

岡崎京子の代表的な漫画「pink」。ワニを飼育するOLが主人公の物語です。

主人公も、敵対する継母も、思うがままに行動を続けます。

相手が傷つくことを想定して、あえて傷つける行動をとるのです。

心の中をさらけ出し、彼女にぶつけたいという衝動を持つ「俺」。

彼女は迷惑に思うかもしれないけれど、「pink」に触発されたのだと言い訳ができます。

ふたりだけの海はそれぞれの海へ