幻想的な冬が描かれた羊文学「マフラー」
■ドリームポップ
1980年代から発展したロックのサブジャンルのひとつ。元来はめまいを誘うような浮遊感のある音世界が特徴で、エコーやリバーブ、ディレイ・エフェクトなどを駆使して演奏される。
■シューゲイザー
マイ・ブラッディ・ヴァレンタインやライド、スロウダイヴ、ラッシュ、チャプターハウスといったバンドは、ドリーミーなメロディーをフィードバック・ノイズを用いて、攻撃的または幻想的に鳴らした。
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/ドリーム・ポップ
「マフラー」は羊文学の2nd EP「オレンジチョコレートハウスまでの道のり」収録曲(2018年2月発売)。
オルタナティブロックのサブジャンル、ドリームポップやシューゲイザーの影響が見られます。
マイブラ(マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン)好きにはたまらない浮遊感でしょう。
活動拠点となっている東京・下北沢らしい文化の香りも漂います。
サウンド、ボーカル、歌詞の全体で表現されているのは「幻想的な冬」の世界観。
北欧シューゲイザーを代表するアイルランドのバンド、シガー・ロスをイメージする方もいるはずです。
登場人物は「彼女、彼、僕ら、君」。
それぞれどんな人物なのでしょうか。
ギター&ボーカルの塩塚モエカさんが作詞作曲をした「マフラー」。
歌詞と曲名の意味に迫ります。
1番の歌詞はこちら!
彼女はどんな人?
彼女はいま
白鳥が飛ぶ夢を見ている
眠ってしまえば全部
忘れられるんでしょう
出典: マフラー/作詞:塩塚モエカ 作曲:塩塚モエカ
この曲の「4種類の登場人物」のうち、最初を飾ったのは「彼女」。
歌物語の「主人公」にとって「第三者の女性」という位置づけになります。
三人称小説のように登場人物と「語り手の視点」が別になるわけです。
これは創作の世界を俯瞰する「神視点」とも呼ばれます。
塩塚さんの心情がストレートに表現されることが多い、羊文学の歌詞。
ところがこの曲では文学的な作為性が見られます。
現実の世界では、誰かが見ている夢を覗くことはできません。
自分自身で「今、私は夢を見ている」と自覚するのも難しいものです。
ところが歌物語の語り手としての主人公には、自分以外の女性が見ている夢までわかります。
ただ、夢には、眠っているとき実際に見る夢と、目覚めているときの想像という2種類があるわけです。
むしろ「睡眠によって、夢の記憶を消せる」といった内容になっています。
この場合は「目覚めているときの想像」を表しているのかもしれません。
美しい冬鳥が空を舞うという想像。
そもそも女性は誰なのでしょうか。
登場人物がはっきりしないうえ、語り手である主人公の視点も俯瞰的です。
もしかしたら女性は主人公自身、自分を客観視しているのかもしれません。
あるいは主人公の女性友だちという可能性も考えられます。
いずれにしても断定できる根拠はまだないので、先に進みましょう。
同郷の女性友だち?
この街を出てゆくときは
何一つ持たなくても
昨日のことはいつの日か
思い出すに違いない
出典: マフラー/作詞:塩塚モエカ 作曲:塩塚モエカ
サウンドやボーカルだけでなく、歌詞でもドリームポップやシューゲイザーの浮遊感を表現しているのでしょう。
そのため何もかも曖昧。
誰かわからないまま「女性の内面を見つめる主人公」の語りが続きます。
このまま「幻想的な冬の世界観」に浸っていたいところですが、それでは解釈が進みません。
この曲を聴くリスナーそれぞれに想像を膨らませられるところが醍醐味ですが、そこをあえて切り込みましょう。
あくまでも想像しうる解釈の1つという捉え方でお願いいたします。
同郷の女性友だちは、美しい冬鳥が空に舞うような想像をしている。
いつか故郷を離れるとき、着の身着のままの状態だったとしても、その思いだけは忘れないだろう。
以上が意訳です。
あるいは、北欧シューゲイザーへのリスペクトを込めた曲を共に演奏した昨日のライブ。
バンドを離れても、元メンバーの女性は昨日のライブを振り返ることがあるだろう、といった深読みも可能です。
もともと5人編成でしたが、2017年2月から3人編成になった羊文学。
繰り返されたメンバー交代について、思いを馳せているのかもしれません。
もちろん、まったくもって断定できず、あくまでも想像に過ぎません。
他にも様々なストーリーを思い浮かべて、幻想的な世界を浮遊しましょう。
彼はどんな人?
冬鳥?元カレ?
彼はいま列車の上で
あの町を遠くから眺めて
出典: マフラー/作詞:塩塚モエカ 作曲:塩塚モエカ
2番目に登場するのは「彼」です。
この男性の登場により、女性の話はもう終わったことがわかります。
つまり人物像がはっきりしないまま歌物語が展開されるという法則です。
案の定、男性の人物像も不明のまま。
曖昧な浮遊感こそが重要なわけです。
サウンドとボーカル、歌詞でも北欧シューゲイザーの世界観に導かれます。
ただ、やはりそれでは解釈にならないのでここでも深読みしてみましょう。
男性は何と電車の上にいます。
それは危ない!
という話かもしれませんが、ただ電車に乗っているだけとも考えられます。
あるいは電車の上空を舞っているとしたら、いかがでしょうか。
そう、男性は女性が夢に見た「美しい冬鳥」という可能性が出てきます。
女性は主人公の元バンドメンバーでも女友だちでもないのかもしれません。
誰でもない誰か、塩塚さん自身、この曲を聴くリスナー、リスナーの知人など、様々当てはまりそうです。
女性と男性は元恋人同士、2人は昨日別れ、男性はまさにどこかへ移動中。
そんなラブストーリーも浮かびます。
冬鳥なのか、元カレなのか、それとも男女はまったく無関係なのか。
これも曖昧です。