「愛なんだが」と傾く生活
2015年4月22日発表、Official髭男dismの最初のミニ・アルバム「ラブとピースは君の中」。
このミニ・アルバムに収録された楽曲「愛なんだが」の歌詞の意味を探っていきましょう。
藤原聡の軽快なピアノ演奏に聴き惚れていると歌詞が愛の修羅場であることを見失いそうです。
一緒に愛を育んでいたふたりにいつの間にか吹いていたすきま風。
片方に比重が偏って転覆しそうな状態にある愛の姿を歌っています。
この瀬戸際をふたりはどうやって乗り越えたのでしょうか。
山陰からJ-POPシーンに登場したばかりの若きOfficial髭男dismの愛の歌。
日本のポップシーンの台風の目になる前夜に紡がれた歌になります。
彼らがいかにインディーズ時代から高い演奏能力と表現力を持っていたか思い知らされる1曲です。
この曲の歌詞を紐解いて愛の不思議さのようなものにアプローチいたします。
それでは実際の歌詞をご覧いただきましょう。
月曜の朝の情景
鳥がさえずるE♭くらいのトーンが心地よい朝
月曜のメランコリが注ぐコーヒーがそそるコントラスト
出典: 愛なんだが/作詞:藤原聡 作曲:藤原聡
歌い出しの歌詞になります。
ピアノ演奏のシャッフルとギターのカッティングが印象的でしょう。
歌詞は平和な朝の幕開けのようなものを歌っています。
登場人物は語り手の僕と一緒に暮らしている君です。
実はこの後に男女の修羅場が訪れるなんて信じられない平穏さがあります。
鳥の泣き声の音程を正確に言い当てられるのは藤原聡が絶対音感を持っているためでしょう。
何も起こる雰囲気などない充実した朝のひととき。
ただたまたまこの日は月曜日でした。
月曜日はもちろん出勤する最初の日です。
そのため朝の時間は固有の憂鬱さを持っています。
仕事に出かけるのが億劫だけれどコーヒーでカフェインを摂取して目を醒まそう。
僕は身支度を整えながらコーヒーの香りを楽しんでいるのかもしれません。
このラインはまったくの序章に過ぎないです。
藤原聡の書く歌詞は情報量が極めて多いもの。
しかしこのイントロダクションは可能な限り言葉を削ぎ落としている印象さえあります。
次のラインからいつものような饒舌な歌詞が始まるのです。
嵐の前の静けさのようなものをとてもうまく表現しています。
もう少し先を見ていきましょう。
不穏な兆候
アラーム時計に起こされて
無機質なアラームが響けば
整った文字の裏に隠れた
不機嫌そうな顔をしてる君が
思っても見なかった言葉を僕にぶつけたんだ
出典: 愛なんだが/作詞:藤原聡 作曲:藤原聡
僕は君よりも先に起床してコーヒーを淹れていました。
君も月曜日ですから出勤する必要があったのでしょう。
アラームが鳴るとともに目を醒まします。
有機的な鳥の声などによって起こされるのとは違ったのです。
アラームなどの無機質な音で目を醒ますのは誰にとってもあまり気持ちのいいものではないでしょう。
どこか平穏さを感じている僕は自然に覚醒めることが叶いました。
そのため月曜日とはいえ機嫌の良さを保っています。
しかしアラームで覚醒めた君の方は朝から不機嫌です。
君の覚醒めた後がいつも不機嫌であるのかは分かりません。
朝を苦手にする人はアラーム時計に起こされるということ自体に腹を立てます。
ふたりの生活にある緊張感というものがこの辺りに隠れていたのです。
憂鬱な月曜日の出来事
月曜日という曜日はかなり嫌われます。
それは私たちが社会の中で労働をあまり楽しいものだと思っていない証拠でしょう。
僕と君は一緒に暮らして愛を育んできました。
しかしふたりともが社会人として働いています。
愛と労働は本来無縁の存在かもしれません。
生活の中に同居しているのが不思議なくらいです。
とはいえそれぞれの仕事が順調なうちはふたりの愛もたいてい平穏さを保つでしょう。
生きてゆくことについて関わりが深い事柄ですので仕事が順調であることで愛も保証されます。
しかしどちらかが仕事か愛で躓いていたらふたりの暮らしはどうなるでしょうか。
良好なバランスは崩れ去り、仕事も愛も両方水に流してしまうことだってあるのです。
君は月曜日の朝に不機嫌だということ。
その裏には仕事でも何らかのストレスを感じていることの証かもしれません。
それではこのふたりの愛はどうなってしまうのでしょうか。
君が重い口を開きます。
その口は開いたかと思うと急に饒舌に不満をまくしたてるのです。
僕にとってはまさに青天の霹靂でしょう。
壊れかけの愛
君は愛から遠ざかる
「どうせ愛なんか 信じられたもんじゃないから
熱したら焦げて不味くなってしまうから
苦しい思いなんかしたって得しないから
もう愛なんて要らない、一人で生きてたい」って
出典: 愛なんだが/作詞:藤原聡 作曲:藤原聡
君の口から発せられる言葉は僕を驚愕させます。
君が話した内容は愛に関わることへの全否定のようなものだからです。
僕のことが嫌いになって、もしくは僕に対する不満が溜まって罵倒するという内容ではありません。
君は愛という人間の営みが嫌いになってしまったのです。
月曜日の朝からこんな言葉を口にする方も憂鬱でしょう。
さらに受け取る僕は生活の破綻を宣告されたに等しいのですからもっと動転します。
君が口にした愛の否定とは人間と関わり合うことへの不満さえも背景にした深刻なものです。
君は心の風邪をひいてしまったのかもしれません。
僕との生活の拒絶の背景には人間そのものへの不信感さえ感じられるのです。
しかしOfficial髭男dismのサウンドはどこまでも軽快でしょう。
そのためここまで深刻な内容を歌っていることを認識できなくなります。
藤原聡というソングライターの不思議さや新しさというものはこうした点にあるのでしょう。
本来、おどろおどろしい内容であるのに軽く聴き流させてしまうのです。
従来の昭和歌謡やそれに続くJ-POPの伝統ではこうした恨み節にはマイナートーンがつきものでした。
Official髭男dismの歌詞とサウンドではこの恨み節さえも上質なポップスに昇華されるのです。