GADOROの【カタツムリ】はこんな曲

2017年リリースのアルバム『花水木』より

GADORO【カタツムリ】歌詞の意味を解釈!誰のことを歌ってる?亡くしてから湧き上がる葛藤と覚悟…の画像

若者を中心に人気を博している日本のラッパーGADORO。

同じくラッパーの般若に影響を受け、高校性の頃から独学でラップを学んできた叩き上げのアーティストです。

数多くのMCバトル大会に参戦しては爪痕を残してきた彼。

今でこそMCバトルからは身を引いていますが、2017年、2018年とKOK王者に輝いた人物です。

そんな生粋のラッパーGADOROの人気アルバム『花水木』から、今回は【カタツムリ】をセレクト。

もともと楽曲にメッセージ性を込める方ではなかった彼ですが、最近ではメッセージソングが多い印象です。

【カタツムリ】もまた、彼の想いの丈が詰まった1曲。

楽曲は、幼少時代、自分を大切にしてくれたある人へ向けた楽曲です。

そのある人とは一体誰なのでしょうか?

その答えは歌詞を紐解いていくとわかります。

今回は【カタツムリ】の歌詞を解釈し、GADOROが伝えたいメッセージを紐解いていきましょう。

最後までお付き合いのほどよろしくお願いいたします!

誰のことを歌っている?

GADOROの自叙伝のような、彼のこれまでの人生が綴られている生々しいストーリー。

ここからは、【カタツムリ】の歌詞を丁寧に紐解いていきます。

本楽曲は幼少期から両親の留守の時に面倒をみてくれた、彼のおばあちゃんに向けた歌となっています。

おばあちゃんの記憶と共に、彼が過ごしたこれまでの人生を振り返ります。

そして彼の大好きだったおばあちゃんがどんな人だったのかも、しっかりと伝わってくる内容ですよ。

読み終わったころには、きっと彼の想いに感動し、おばあちゃんが恋しくなることでしょう。

それでは、早速参ります。

逞しく生きた彼のおばあちゃん

手作りのブランコ竹の水鉄砲
チラシの裏に描く真っ白な自由帳
金はないがそこに彩があった
無邪気に戯れた一時の団欒
参観日一人だけ相の違う保護者
ニケツで乗せてくれた電動自転車
垂れ乳の素っ裸で歩き回ったボロ部屋
ハエ叩きは必要ねえすべて素手の神業

出典: カタツムリ/作詞:GADORO 作曲:YUTO.COM

幼少時代の思い出を綴りながら、自分の面倒をみてくれたおばあちゃんの記憶が蘇ります。

決して裕福な家庭ではなかったですが3行目からわかるのは明るい家庭だったということ。

家庭そのものというよりはおばあちゃんがいたから明るかった、という意味だといえます。

GADOROの語り口調から、授業参観におばあちゃんが来るのも嫌だったわけではなさそうです。

むしろ、幼少期の思い出を鮮明に覚えているくらい彼にとって大きな存在だったのではないでしょうか。

両親がいつも家におらずおばあちゃんが育ててくれたようなもの。

そういう家庭は少なくはないと思います。

日々色んなことがある中でその境遇を嫌悪したり恨んだりだってできたはず。

しかし、それが彼の詩からは読みとることができません。

きっと嫌なことはあっても彼が孤独を感じたり愛されなかったと感じることはなかったのでしょう。

それはいつもおばあちゃんがいてくれたから。安心できるよりどころだったのかもしれません。

子供心におばあちゃんの逞しささえ感じられたのではないでしょうか。

1行目の手作りのものやハエのくだりからも、おばあちゃんへの尊敬を感じ取ることができます。

いつも笑顔だったおばあちゃん

遠い将来はプロ野球選手に
あなたの誕生日にヒーローのインタビュー
今じゃヒーローどころか悪役だな
俺の失態をどんな面で見てんのかな
両親がおらん時もそばにいてくれた
どんな困難があろうと笑顔だけは消えなかった

出典: カタツムリ/作詞:GADORO 作曲:YUTO.COM

GADOROが野球で活躍することを、家族は期待していました。

それは別の楽曲【背中】にも綴られていますね。

しかしその期待に応えられなかったあの頃の自分。

自分のやってきたことを「失態」だと表現するのはいささか卑屈すぎかとも思えますね。

逆をいえば、彼にしかわからない葛藤がこれまでにもあったものと思われます。

いつも傍にいてくれたおばあちゃんは、彼が期待に応えなくても笑顔でいてくれました。

きっとおばあちゃんの笑顔で救われたことも多かったのではないでしょうか。

おばあちゃんは認めてくれたか?

戦争を生き延びた大和なでしこは
戦わない俺に何を告げるんだろうな
しわくちゃの笑顔よみがえる今も
たいして離れてもねえ俺はここにいるぞ

出典: カタツムリ/作詞:GADORO 作曲:YUTO.COM

真面目で働き者、忍耐強くて優しい、そして芯の強い大和なでしこ

戦争という大変な時代を生き抜いて命の尊さや生きていることの有難さを知っている人。

そんなおばあちゃんだったようですね。

おばあちゃんの人生に比べたら自分はなんて生ぬるい環境で生きているんだろう

そんな風に思ったのではないでしょうか。

こんな生ぬるい時代なのに戦わない自分…。

実際は彼の人生は戦いの連続でした。これまでの彼の楽曲を聴いてもそれはわかります。

しかし、自分ではそんな風に思っていないところが、なんともGADOROらしいですね。

そんな自分をおばあちゃんが見たらなんと言うだろうと、ふと思ったのでしょう。

でもおばあちゃんはおばあちゃんです!

GADOROのおばあちゃんは彼がどんなときも笑顔でいてくれたのですから、きっと微笑んでくれたでしょう。

3行目で綴っているようにGADOROもそう思っているのではないでしょうか。

だからこそあの笑顔がすぐに蘇ってきたのです。

おばあちゃん生きた証