“若大将”は庶民の憧れ
才能に恵まれた加山雄三
ハンサムで爽やかでスポーツ万能で、エレキギターも弾けるし歌も歌う。
映画「若大将」シリーズの主人公・田沼雄一は、まさに非の打ち所がない好青年です。
田沼雄一は加山雄三そのままで、俳優を両親に持つ彼は音楽やスポーツの才能に恵まれていました。
現実の彼とちょっと違うのは、映画の中では老舗のすき焼き屋の二代目という設定になっていたことです。
これが金持ちのお坊ちゃんだったら、恵まれすぎていると反感を買ったかもしれません。
少しだけ庶民的な設定にして、恋に音楽にスポーツに花を咲かせるところが支持されたのでしょう。
毎年夏休みと冬休みには映画館へ「若大将」シリーズを見に行くのが、庶民の大きな楽しみのひとつでした。
屈託のない笑顔が素敵な加山雄三は、理想の若者像をスクリーンで体現していたのです。
岩谷時子と弾厚作
数多くのヒット曲を生んだ黄金コンビ
加山雄三といえば、大ヒットした「君といつまでも」や「お嫁においで」がすぐに頭に浮かびます。
どちらも彼の大好きな海を連想させてくれる、ロマンチックな曲です。
名曲「旅人よ」は静かで悲しげな曲で、海よりも大地を思わせるようなメロディーだなと思います。
これらの曲に共通しているのは、すべて作詞家・岩谷時子と作曲家・弾厚作の作品だということです。
岩谷時子はザ・ピーナッツの「恋のバカンス」や、沢田研二の「君をのせて」などで知られています。
弾厚作は、加山雄三が曲を書く時のペンネームですね。
岩谷時子が加山雄三のメロディーに詩を乗せた「旅人よ」とは、どんな曲なのでしょうか。
五感で風景を感じ取るひとり旅
草原は青春の色
風にふるえる 緑の草原
たどる瞳かがやく 若き旅人よ
おききはるかな 空に鐘がなる
遠いふるさとにいる 母の歌に似て
出典: 旅人よ/作詞:岩谷時子 作曲:弾厚作
悲しげなギターのアルペジオから始まるこの曲は、イントロがすべてを物語っているようです。
すべての弦を弾くストロークと違って、ひとつひとつの弦をつま弾くアルペジオには寂しさが漂っています。
それぞれの弦が違う音で鳴ると、何人かが違う声で歌っているようにも聞こえるのです。
誰かと一緒の旅は楽しいものですが、ひとり旅には五感で風景を感じ取り自分を見つめ直す時間があります。
草原を渡る風に若者は何を感じたのでしょうか。
震えているのは一本一本の草が、か弱いからです。
風は人生の中で起きる色々なことを表しているのかもしれません。
ひとりひとりが苦しいことや悲しいことに耐えているけれど、自分だけではなく皆そうなのだ。
青春にも通じる“緑”は若者の色で、草原は大勢の若者たちです。
彼の瞳が輝いたのは、そこに人生の希望を見たからではないでしょうか。
郷愁を誘う鐘の音で“ふるさと”や“母”を思い浮かべるところに、ロマンチックな彼の性格が表れています。
人生は旅、恋愛にも四季が
恋が終わって旅に出た?
やがて冬がつめたい
雪をはこぶだろう
君の若い足あと
胸に燃える 恋もうずめて
出典: 旅人よ/作詞:岩谷時子 作曲:弾厚作
人生は旅のようなもので、始まりが春ならば終わりは冬です。
若者の短い人生経験の中にも、季節が何度か巡っているのでしょう。
終わりや寂しさをイメージさせる冬は、恋の終わりを象徴しているようです。
恋人の思い出を、雪に残った細くて小さな足跡に例えているのではないでしょうか。
彼の胸の中に燃えていた熱い想いは、冬の訪れとともに雪に埋もれてしまいます。
降る雪が自然と恋の炎を消したのではなくて、忘れたくて雪の中に埋めてしまったのかもしれません。
二人の恋愛を季節に例えてみましょう。
彼女に出逢ったのが春、幸せだった日々は夏、二人の間にすきま風が吹き始めたのが秋。
そして恋が終わってしまったのが冬。
彼の恋は実際の四季よりも早く一巡りして、旅に出る決心をしたのでしょうか。
サビのメロディーはメジャーの明るい音なのですが、歌っているのは悲しい思い出です。