日本のリバプールで育った長渕剛
伝説のライブハウス『照和』
「順子」が収録されたセカンドアルバム『逆流』のジャケットに写っている青年。
見るからにナイーブで純朴そうですが、デビューした頃の彼はこんな感じだったのです。
福岡市に1970年にオープンした伝説のライブハウス『照和』からは多くのミュージシャンが旅立ちました。
九州博多をビートルズの出身地に例えて”日本のリバプール”と呼んだ時期もあったのです。
井上陽水やチューリップ、甲斐バンド、武田鉄矢の海援隊、そして長渕剛。
今でこそ何万人もの大観衆の前で圧巻のパフォーマンスを見せる彼も、最初はなかなか客が来なかったそうです。
ジャケット写真を見ればなんとなく分かりますが、その原因はまったく喋れなかったからだとか。
あまり大きくない照和のステージは客との距離が近く、当時はコミュニケーションも大事だったのでしょうね。
しかし内側に秘めた想いはアコースティックギターと澄んだ歌声でやがて多くの人に届くようになりました。
そのきっかけとなった曲が「順子」なのです。
失恋ソングに見える”恨み”
繊細と豪胆が同居するカリスマ
「順子」の前にヒットしたシングル「純恋歌」は女性の側から歌う失恋ソングでした。
この2曲はちょうど対になる初期の代表曲で、どちらも心に刺さるところがあります。
女性の気持ちになって歌詞が書けるのも長渕剛に繊細なところがあるからではないでしょうか。
ただしどちらの曲にも悲しさだけではなくて恨みのようなものがこもっているような気がします。
このあたりは反骨精神や負けず嫌いという彼の根っこの部分にあるものが表れているように思いますね。
デビューから長い時間が経ち、心身を鍛えて全力のパフォーマンスを見せる姿にはカリスマ感が漂っています。
繊細さと豪胆さが同居しているのも彼の魅力です。
どちらかひとつだけではその後の成功は得られなかったかもしれません。
不器用で一途な愛
伝えた愛はひとりよがり?
離れない 離さない
離したくない君
いろんな言葉で君に
愛をつげてきたけれども
終わりさ みんな終わりさ
僕のひとりよがり
君へつないだ心の糸は
今 プツリと切れた オ…
順子 君の名を呼べば
僕はせつないよ
出典: 順子/作詞:長渕剛 作曲:長渕剛
好きで好きでたまらない彼女とは今でも別れたくない。
そんな未練や、やりきれない気持ちが表れた出だしの歌詞です。
不器用で一途な彼は一生懸命彼女に愛情を示そうとしたのでしょうか。
それなのにもう終わりだという投げやりな気持ちも表れています。
「好きだ」「愛してる」それから…女性に愛情を伝える言葉を探してみたら、案外見つからないものですね。
「離さない」というとなんだか相手を束縛してしまうような気もします。
だったら態度で示せばいいのでしょうが、毎日電話をすればいいのかデートに誘えばいいのか。
当時はスマホもないので連絡するのも大変だし、デートをすればお金もかかります。
それでもなんとか愛情を伝えようとした必死さがひとりよがりだとしたら、こんなに悲しいことはありません。
つながっていると思っていた糸を切ってしまったのは、彼自身なのかもしれませんね。
彼の絶望と嘆きが自分からつないだ細い糸を切ってしまったのでしょう。
勝手に好きになって振られてしまったのであれば「純恋歌」と同じです。
君の名前が心を傷つける
誰が扉をノックする?
やさしさはいつも僕の前で
カラカラ から回り オ…
順子 君の名を呼べば
僕は悲しいよ だから
心のドアを ノックしないで
ノックしないで ノックしないで
出典: 順子/作詞:長渕剛 作曲:長渕剛
ここは失恋した経験のある男性が共感できるところかもしれませんね。
ひとりになった自分の目の前で見えるわけではないのにから回りするもの。
それはやさしさだけではなくて走馬灯のように廻る楽しい思い出かもしれません。
しかも乾いた音を立てて回っているように感じるのはひとりよがりもあったからでしょう。
彼女の名前を声に出さなくとも心の中では何度も呼んでいるはずです。
ノックするのは自分の心に浮かぶ彼女の名前なのでしょう。
やめてくれと頼んでいるのに何度もノックするのは彼自身の傷ついた心なのです。
忘れたいのに忘れられるはずのない彼女の名前はいつまでも彼の心から消えることはありません。
自分が思い浮かべる彼女の名前が自分の心を傷つける。
失恋した男の辛い気持ちが痛いほど伝わってきます。