足が竦んでしまう事も
気にならない振りをして居るの
私の愚かな病は
だんだんひどくなっていくばかり
In the night
I realize this infection
出典: Infection/作詞:鬼束ちひろ 作曲:鬼束ちひろ
初めは自分の弱さを必死で隠そうとしています。
続く病の悪化がタイトルに掛かかってきます。
病気に感染するという意味よりも、前に述べたように堕落や腐敗と理解した方がここはしっくりします。
この曲の「Infection」とは堕落していく負の部分を表しているのではないでしょうか。
それを踏まえて次の英文を意訳します。
「夜中に、堕落していく自分を思い知る」
自分の中で広がっていく堕落した面に気付かないふりをしている。
だけど夜になると自己嫌悪に打ちのめされる情景が歌われています。
彼女にとっての「病」というのは、自身の弱さを表しているのではないでしょうか。
いつからか言葉を恐れて、以前までのように強くいられなくなってしまった。
それがまるで病のように自分自身を蝕んでいき、その恐怖は大きくなるばかり。
それは生きていく中で、痛みを知ったからなのでしょう。
痛みを知らなければ強くいられるけれど、知った後では知る前には戻れないからです。
そしてその弱さにどんどんと自分自身が侵食されていくのを感じています。
特にその感覚は夜に強く彼女を苦しめているのでしょう。
夜というのは昼間よりも静かで、嫌が応にも自分自身のことを見つめることになってしまうからです。
崩壊した自尊心と自分の弱さ
あらゆる小さな熱に
怯えはじめている私に
勝ち目など無いのに
目を覚まさなくちゃ
爆破して飛び散った心の破片が
そこら中できらきら光っているけど
いつの間に私は こんなに弱くなったの
爆破して飛び散った心の破片が
破片が 破片が そこら中で
いつの間に私は こんなに弱くなったのだろう
出典: Infection/作詞:鬼束ちひろ 作曲:鬼束ちひろ
弱さを自覚し必死に奮い立たせようとしています。
だけど、飛び散った心(自尊心)はどうしようもなく、自分の弱さにおののく様子が見て取れます。
救いのない歌詞ですが、こうした負の感情を歌うのが初期の曲に一貫したテーマです。
しかし彼女の楽曲の中では負の感情が歌われていても、その中に優しさが含まれているのが感じられます。
彼女が楽曲で自分の弱さを吐露することによって、私たちの弱さに寄り添ってくれているかのように感じられるのです。
まるで私たちの代弁者かのように、自身の心を身を削りながら見せてくれる鬼束ちひろ。
その剥き出しのままの心に触れることで、リスナーは生きる勇気を貰っているのです。
救いがなくとも共に生きていくことでその傷は少しでも癒える。
だからこそ、彼女は私たちに対して自身の弱さを見せてくれるのではないでしょうか。
彼女の初期の楽曲が今でも愛され続けるのは、そうした弱さを見せる彼女の姿に共感する人が多いことを表しています。
人は誰もが、自分の弱さと向き合いながら懸命に生きているのです。
「Infection」の世界を別の角度から解釈したMV
魔術的な儀式が込められた映像
「Infection」のMVはロンドンに隣接するバッキンガムシャー州のチチェリー・ホールとその庭園で撮影されました。
チチェリー・ホールは1725年に英国貴族の邸宅として建てられ、現在は科学セミナーの会場や宿泊施設になっています。
バロック建築の建物と広大な庭園は独特な雰囲気があり、映画やドラマのロケに使われています。
この邸宅で撮影されたのは次のような経緯からです。
アルバム『インソムニア』のインタビューの際、「以前有名なタロット占い師に『絶対次回作は海外でレコーディングやPV撮影を行いなさい』と言われた」
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/Infection/LITTLE_BEAT_RIFLE
気になるシーンを幾つか拾ってみましょう。
黒いドレスを着た鬼束ちひろが庭園で歌っています。
白いドレスに着替え、汚れた手を喪服姿の女性2人に清められると目隠しをされてどこかへ導かれていきます。
それを見送る男性。
喪服の女性は1人が泣き崩れ、先ほどの男性が子供を連れて一緒に立っています。
最後に鬼束ちひろが血の涙を流します。
おどろおどろしいその表現にはどのような意味が込められているのでしょうか。
「Infection」のMVに隠された物語を紐解いていきましょう。
黒と白のドレスが意味するものとは
どす黒く汚れた手は「Infection」を視覚的に表現しているのでしょう。
全体は何か儀式を行っていると解釈できます。
衣装の黒は喪服と汚れ、白は純潔。
鬼束ちひろが演じる女性は、この儀式によってそれまでの自分と決別し二度と戻れない世界へ旅立ちます。
頭に草のティアラを着けていることから闇の世界との婚姻を意味しているのかもしれません。
行先は天国ではないようです。
血の涙は激しい悲しみや怒りを象徴する表現です。
キリスト教では聖母マリアの奇跡と呼ばれ、マリア像や実際に人が血の涙を流す現象が報告されています。
MVを監督したのは映像作家の番場秀一で、アーティストのMVを多く製作しています。
鬼束ちひろの楽曲では「Infection」を収録した「This Armor」と3rd「Sugar High」で何曲かMVを手掛けています。
MVには鬼束側からどの程度意見が作品に反映されているかは不明です。
だけど、他のMVに比べてひと際暗い内容は彼女の一面を象徴的に表現しているといえるでしょう。
人間の暗い側面を描きながらも、その根底にある優しさや救いを求める切実さが彼女の楽曲における特徴の1つ。
そんなものを、幻想的ともいえる世界観で描いているのがこのMVなのではないでしょうか。
初期の彼女の作品に通ずるこの脆い美しさは、私たちの心を掴んで離さないのです。
アルバム「This Armor」について
言葉通りの鎧ではない
アルバム・タイトルについて本人は次のように語っています。
前作同様「響きが良いから」という理由で採られた他、「Armorや鎧という言葉に引っかかりを感じていた」
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/This_Armor