「落書き」というのは「あなたへの想い」だったんですね。
「落ちぬ取れぬ消えぬ」と、打消しの助動詞「ぬ」(!)が3連続するリズムが素敵ですが、「あなたへの想い」ですので、心の話です。
しかし、あえてここでは「体中の落書き」という「体」にまつわる表現を使っています。
そして「こすって」ですので、消そうと思ったんでしょうね。
でも「赤く腫れてしまう」んです。消えない。消えないどころか傷ついてしまうんです。
とても切ないところです。
更に心の中に入っていく
来ない電話を待つ心情の描写は、更に心の奥底に入り込み、切なさを増していきます。
歌詞を最後まで見てみましょう。
今日何かにすがりついてないと
動き出す空に負けてしまいそう
待ってるだけじゃ変わらないから
きつく縛ったままの日記をもう一度開けて
あたしの心響き渡るあなたの足音
ずっとずっと酔いしれてたい
始まりしか知りたくない終わりなどいらない
あなたの胸にあたしをしまい込んで
ねぇこのかたまり冷えた心を今すぐ燃え溶かしてよ
知らないふりしてあたしの前をさり気なく通るあなた
出典: 彼の落書き/作詞:AIKO 作曲:AIKO
細かく読むとかなり危なっかしい心理に到達していますが、「動き出す空」という表現もユニークです。
ものすごく大きな力で動く「日常」を表しているのでしょう。
そして、「日常」つまりフツーのことに負けないために「あたし」はついに…ある行動を起こします。
「あたし」が最後にとる行動とは
「日記」を開きます。
この「日記」は記憶を辿ることを表す比喩でしょう。
それにしても「待っているだけじゃ変わらない」と言ったわりには消極的な行動です。
つまり、待つ以上のことは何もできないんです。
ただし行動が消極的なのと反対に「あなた」への語りかけはとても熱い。
切なすぎる状況を「あなたの胸にあたしをしまい込んで 」、「今すぐ燃え溶かして」と、行動と思いの温度差で表現しています。
しかし、「あなた」は「あたし」を素通り。
再び、「落書き」のリフレインが続き、温度感が最高潮に達したところで、やがて楽曲が終わります。
「彼」と「あなた」
タイトルにおいて「彼」と呼んでいた人物は歌詞の中では「あなた」と呼ばれます。
ここに、感情移入の仕掛けがあります。
タイトルの段階では「彼」として提示しています。第三者とした方がリスナーがにとっては入りやすいからです。
そして、リスナーは感情移入して「あたし」と一体化している曲中では「あなた」と呼びます。
こういうのはなかなか無意識にできません。リスナーを巻き込むaikoの凄みです。
コード進行もすごい
しかし、リスナーが引かずに聴けるよう、コードやアレンジが工夫されているところが、正にaiko。
イントロに使われているコードはCM7(Ⅳ=4)とGM7(Ⅰ=1)の繰り返しですが、これはエリック・サティ(1866年~1925年)のジムノペディ第一番(1888年)などでも使われている、古くからあるオシャレコードです。
楽典の細かい説明は省略しますが、コードはⅤ(5)、Ⅳ(4)とⅠ(1)に近づくほど安定するという性質があります。
したがって、不安定のコードと安定感のコードが交互に繰り返されるイントロと解釈できます。
そして、歌が始まった瞬間のコードはC/D(Ⅴ=5)と、もっと落ち着かないコード。実は不安でたまらない音なんです。
更に、Just A Two Of Us進行と言われるR&Bなどで良く使われる心をギュッと掴むようなコード進行でサビが始まります。
歌詞の中でも特に重たい部分をリスナーの耳に心に自然に届けるために、このコード進行をさらっと4小節×2回だけ使う。このあたりも、この楽曲のすごいところと言えます。
心を揺さぶる隠れた名曲
そのほか、テンポが速くなったり遅くなったり感じる仕掛けとして「ハーフタイム」という手法が使われています。
これ、とても揺さぶられませんか?
また、バックの演奏が静かになったり、繰り返しのメロディーなのにコード進行だけ変えてみたり。
更に、盛り上がる中での転調は圧巻です。
ちなみに最後のコードがⅢ(3=転調しているのでCm7)となっています。
先ほどのコードはⅤ(5)、Ⅳ(4)とⅠ(1)に近づくほど安定するという法則からすると、あと少しでⅠ(1)なのに微妙に届かずⅢ(3)で終結となっています。
このように、他にもあらゆる心を揺さぶるポイントが隠されています。
激しく歌う2003年のaikoに気持ちをゆだねて、ビートに隠された切ない思いを全身で受け止めながら聴いてみることをお勧めします!
無料で音楽聴き放題サービスに入会しよう!
今なら話題の音楽聴き放題サービスが無料で体験可能、ぜひ入会してみてね