シロツメ草はいまでは日本のどこででも見られる春の花です。

クローバーという別名の方で記憶している人も多いでしょう。

原産地はヨーロッパですがオランダとの貿易の中で重用されました。

花や草自体が商品になった訳ではありません。

オランダから届けられる商品を守るために緩衝材として箱に敷き詰められていたのです。

シロツメ草で編むネックレスはすぐに解けてしまいそうでしょう。

茎も頼りないものですからネックレスの形状を保つのが大変そうです。

それだけ大切にしながら見守る愛というものの隠喩になっています。

幼い頃に四つ葉のクローバーを探した人も多いはずです。

岸田繁は誰もが見慣れた花や草を歌にしました。

しかし桜のように見上げる花を題材にはしません。

シロツメ草のように地面をしっかり見つめて発見する花こそを題材にしました。

地に根ざすと愛というものの上品な喩えなのでしょう。

ここでドラマが起きるのです

くるり【春風】歌詞の意味を徹底考察!花の名前が象徴するものとは?儚い情景に描かれた想いを紐解く...の画像

溶けてなくなった氷のように花の名前をひとつ忘れて
あなたを抱くのです

出典: 春風/作詞:岸田繁 作曲:岸田繁

「春風」の中でも一番ドラマチックな場面です。

春の日のように穏やかで基本的には大きな出来事がある歌詞ではないと思われがちでしょう。

しかしこのラインでは少しダイナミックな揺れを持つドラマを表現するのです。

僕にとって花の名前はあなたに伝えるための大切な智慧でした。

しかし記憶が霞むのか、その花の名前を失念します。

それでもあなたのことはしっかりと抱きしめるのです。

本来はきちんと抱き合えるならば余計な言葉は要らないのかもしれません。

愛の言葉も大事なときがあります。

しかし言葉よりも行動で愛を示して欲しいと願う女性も多いです。

この辺りのバランスのようなものは、それこそ阿吽の呼吸で掴み取るものでしょう。

言葉を介在しなくてもいい愛があれば、それに越したことはありません。

しかし一方で岸田繁には言葉の人というイメージがあるでしょう。

言葉というものの可能性について毎日考えているような印象を呼ぶ人です。

ここでは言葉も要らないような愛の瞬間を詩的な表現へと昇華させます。

実はここには言葉で表現し尽くさないといけないという歌詞の宿命が矛盾を呼び込んでいるのです。

しかしそうした矛盾も素晴らしいドラマを見られたことで私たちには見えないものへと変わります。

言葉の達人が呼び起こすマジックのようなものです。

愛は言葉ではない、しかしラブソングは愛を言葉で表現しないといけない。

この葛藤の中から素敵なラインを描いてくれました。

ただしこのラインの本当の意味は最後まで読み込まないと明らかにはなりません。

先を見ていきましょう。

詩人のこだわり

汽車という言葉と旅情

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遠く汽車の窓辺からは春風も見えるでしょう

出典: 春風/作詞:岸田繁 作曲:岸田繁

2000年に発表された楽曲ですから汽車という言葉は死語でした。

あくまでも電車の時代であり、岸田繁は京浜急行線が大好きな電車マニアです。

しかし詩人の多くは鉄道がすべて電化された後も汽車という言葉を好んで使いました。

松本隆も松田聖子の「赤いスイートピー」などで汽車という言葉を使用します。

松本隆へのリスペクトを強く感じるこの「春風」で汽車という言葉を使用したのは偶然ではないです。

そういえば「赤いスイートピー」も春を舞台にした歌でした。

「赤いスイートピー」の汽車からは海が見えたはずです。

岸田繁のこの曲では汽車からまさに「春風」が見えるかもしれないと歌います。

風というものは不思議なものです。

風本体というものは目に見えません。

しかし揺れる木々の葉を見ることで私たちは風そのものを見た気がするのです。

「春風」によって揺れる木々などが車窓から見えるのでしょう。

いまは遠くにある汽車の乗客の視界を想像しながら言葉を紡いでいます。

小旅行でここまできたことをそっと記しているようで旅情が滲む箇所でしょう。

穏やかな風景のようですが春の風は雨を呼び込むこともあるのです。

注意して成り行きを見守りましょう。

春の風には注意が必要だから

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ここで涙が出ないのも幸せのひとつなんです
ほらまた雨が降りそうです

出典: 春風/作詞:岸田繁 作曲:岸田繁

僕が追い求めた確固たる幸せはこのときはまだ健在のようです。

しかし先ほど吹いた風がまた雨を呼び込みそうになっています。

春の天気の気まぐれさに人はときに不安にさせられるでしょう。

花が散らないかと人は春の花の運命ばかりを気にします

夏や秋冬の花の運命には薄情すぎるほどなのに春の花にだけは注意を傾けるのです。

そこには春の花というもの固有の儚い生命への思い入れがあります。

「春風」そのものは歓迎する僕ですが雨に関しては少し不安げな思いを表現するのです。

この曲の切なさのようなものは微かな動きの中に見なくてはいけません。

ちょっとした天候の変わり目の裏でドラマが動いているのです。

雨というものが不吉さの予兆というのはこの「春風」でも変わりがありません。

胸が締め付けられるような切ないドラマを雨が呼び込みます。

「春風」の穏やかさばかりに気を取られていると足元をすくわれてしまうのです。

いよいよクライマックスの歌詞になります。

岸田繁が「春風」に仕掛けた罠のようなものが明らかになる瞬間です。

最後に 言葉の秘密に迫る

探す主体はいったい誰なのか

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帰り道バスはなぜか動かなくなってしまいました
傘を探してあなたを探して
遠く汽車の窓辺からは春風も見えるでしょう

出典: 春風/作詞:岸田繁 作曲:岸田繁

クライマックスの歌詞です。

雨が呼び込んだ悪い予兆が具現化します。

帰りのバスが動かないという悲劇が起こりました。

その理由は判然としません。

ふたりは呆然としてしまったことでしょう。

帰り道は歩かなければならなくなりました。

この後のラインの解釈が非常に難しいです。

傘を探しているのは誰なのか。

あなたを探しているのも誰なのかふたとおりの解釈ができるように描きます。

ひとつは遠くをゆく汽車の窓から傘をさすふたりを見つめる乗客の誰かという解釈です。

おそらくこちらの解釈が主流でしょう。

穏やかなままに「春風」を聴きたい人はここまでの記事を信じてください。

一方で岸田繁は巧妙に主語を隠すことによってもうひとつ不吉な解釈を呼び起こします。

語り手の僕が傘とあなたを探しているという解釈です。

大切なあなたを見失ってしまったことを仄めかすようなラインを加えました。

どちらにも解釈できるように書いたのですから不吉な終わり方になっても仕方ありません。

「春風」にはミステリーじみた伏線が張られていました。

ヒントはシロツメ草の花言葉です。

「約束」あるいは「わたしを思って」