小沢健二の最高傑作「天使たちのシーン」
冬の時代を照らした灯り
1993年9月29日発表、小沢健二のソロ・デビュー・アルバム「犬は吠えるがキャラバンは進む」。
このアルバムはフリッパーズ・ギター時代のポップさはやや後退しシリアスな傾向を示します。
かつての相棒・小山田圭吾などは「尾崎豊かと思った」などの言葉を遺しました。
しかしこの「犬は吠えるがキャラバンは進む」を小沢健二の最高傑作と考える人は多いです。
その大いなる根拠になったのが超大作「天使たちのシーン」。
13分37秒の作品で小沢健二はこの世界で生きてゆくことの作法について歌います。
人生について熟慮して書いた歌詞ですが説教臭さなどとは無縁です。
大切なことはよく見て耳を傾け配慮をしつつ自分の行く末を見極めてゆくこと。
「天使たちのシーン」は彼が「渋谷系の王子様」として持て囃される前夜の曲です。
この曲の歌詞を書いた小沢健二こそ本来の彼の姿と知る私たちは安心して彼の大ブレイクを歓迎しました。
暗い夜に道筋を照らしてくれる灯り。
「天使たちのシーン」の歌詞を仔細に読み込んで本当の人生を取り戻しましょう。
「天使たちのシーン」は歌詞カードとともに
破棄されたライナーノーツの記述
「犬は吠えるがキャラバンは進む」は2019年5月下旬現在、廃盤扱いになっています。
1997年に「dogs」と改題されて再発されますが、こちらも今は中古市場で探すしかないです。
「犬は吠えるがキャラバンは進む」には小沢健二自身のライナーノーツが収められていました。
名分と呼ばれるライナーノーツで内容の理解には欠かせないものです。
しかし改題されて再発された「dogs」ではこのライナーノーツがなくなっていました。
そのことを惜しむ人は多くいます。
なぜ「犬は吠えるがキャラバンは進む」というタイトルになったのかなどの理由が書かれていました。
著作権の関係でこのライナーノーツを転載するわけにはゆきません。
しかし「天使たちのシーン」について歌詞カードを読みながら聴いて欲しいという記載があったこと。
このことくらいは紹介しておきます。
小沢健二が渾身の想いで考え抜いて書いた歌詞であったことがこのエピソードからうかがえるもの。
これから少しずつ小分けで歌詞をご紹介していきます。
音源に接することができる方は1曲リピートの設定にしてこの記事を読んでみてください。
それでは歌詞を見ていきましょう。
繊細な「スケッチ」が基本
あまりにも文学的な歌詞
海岸を歩く人たちが砂に 遠く長く足跡をつけてゆく
過ぎて行く夏を洗い流す雨が 降るまでの短すぎる瞬間
出典: 天使たちのシーン/作詞:小沢健二 作曲:小沢健二
あまりにも文学的な歌い出しです。
文学でいうと「スケッチ」と呼ばれる手法に似ています。
砂浜をゆく人の遺した痕跡も秋の訪れを知らせる雨にいつかは消されてゆく。
それでも人は生きている痕跡を遺す。
その「刹那」について語ります。
ひとりの人間の痕跡は自然の力の前では一瞬で掻き消されるだろう。
それでも私たちは束の間の季節に足跡を遺すと歌うのです。
新しい言葉による交歓
自然物と人が遺すもの
真珠色の雲が散らばってる空に 誰か放した風船が飛んでゆくよ
駅に立つ僕や人混みの中何人か 見上げては行方を気にしている
いつか誰もが花を愛し歌を歌い 返事じゃない言葉を喋りだすのなら
何千回ものなだらかに過ぎた季節が 僕にとてもいとおしく思えてくる
出典: 天使たちのシーン/作詞:小沢健二 作曲:小沢健二
バンド・サウンドのビートが被さってくる瞬間。
自然物と人が遺すもののコントラストが見事です。
大いなる自然に抱かれながら複雑極まる人の生活があるのだなと改めて想い返します。
風船はいずれ朽ちてくたびれて風に流されどこかの土地で息を絶える。
その命運の行く末を通勤途中に気にしながらいずれ忘れて電車に乗り込むだろう乗客たち。
関心と無関心の間で微妙に揺らいでゆく心模様を描いています。
応答のため反応に基づいた言葉ではない新しい言葉の交換ができるようになれば人間の交歓は変わるはずです。
そのときには「僕」も過ぎゆく季節をもっと深く愛せるでしょう。
自然と人との交接がこの歌詞のバック・グラウンドにあります。