SIX LOUNGEの「くだらない」とは?
「くだらない」はSIX LOUNGEの2018年4月25日発売のミニアルバム『夢うつつ』 からのリード曲です。
まずは3月6日に公開されたばかりのMVをチェックしていきましょう。
「くだらない」のMVをチェック!
フカツマサカズさんが監督を務めた「くだらない」のMVです。
工場をバックにしたモノクロのバンドパートに、水泡のプロジェクションマッピングが印象的な女性のカットが挟まる映像。
愛を探して彷徨っている現代人の孤独のようなものが表れているような印象も受けますね。
実際、歌詞にはどんな意味が込められているのでしょうか。
次はこの歌詞の意味を解釈していきたいと思います。
SIX LOUNGE「くだらない」の歌詞を解釈
「愛に飢えたら二人きりになろう」とは、大勢の中の孤独を歌っている歌詞?
愛に飢えたら 二人きりになろう
革命は今、どこで起こっているか
俺達には分からない
出典: くだらない/作詞:ナガマツシンタロウ 作曲:ヤマグチユウモリ
「愛」というテーマはみなさんにとってどんなものに映りますか?
誰かといたい、愛を求めているという感覚が何処かにありますか?
まずはこのサビの歌詞を、この部分の言葉だけで解釈してみたいと思います。
すると、筆者にはこんな情景が想像されました。
情報が溢れかえる世の中で、常に誰かと繋がっている私たち。
SNSなどで常に誰かと繋がれるからこそ、孤独を感じてしまうこともありますよね。
だからこそ、「愛」に飢えたときこそ、大勢とのぼんやりとした繋がりを一回断とう。
そして、一人と一人として向き合い「二人きりになろう」と言っているように聴こえます。
今どこかで革命が起きていても、情報として手にできるだけで、それを断ち切ればわからない。
そうやって「愛」に飢えているときは、常に持っているスマホなどを手放して自分だけで感じられることを感じることが必要なのではないか。
筆者はそのように捉えましたが、みなさんはどうでしょうか。
Aメロを解釈したらまた見え方が変わってくるかもしれませんね。
続きの歌詞を見ていきましょう。
寂しさからイライラと夜を見つめるのは月か、自分か
イライラと夜を見詰めてる
愛想のない月の灯りだけが
期待で乾いた寂しさと
心の闇を照らしている
朝が来ても
俺は何も出来ないままで
出典: くだらない/作詞:ナガマツシンタロウ 作曲:ヤマグチユウモリ
誰かと一緒にいたい夜。
寂しさは苛立ちにさえ変わっていく。
月を擬人化した歌詞ですが、何処か寂しげで孤独を感じさせる夜空の月の存在は、自分のことを指しているのでしょう。
数々の星に囲まれているはずなのに、夜空でぽつりと存在しているように見える月。
それは多くの人に囲まれたようなSNSと常に接続する若者の寂しさを表しているように感じます。
その寂しい存在が、自分の満たされない心と孤独を映し出してしまうから苛立っているのですね。
しかし、誰かといたいからといって、誰でもいいわけではない。
結局朝が来ても「俺」は一人でいるのでした。
「二人」はどこにもいない?!
パラパラとほぐれてく糸は
不確かでも二人を繋いでいる
雨上がりに掛かった虹は
気付かない内に消えていた
全て嘘で俺は何もできないままで
出典: くだらない/作詞:ナガマツシンタロウ 作曲:ヤマグチユウモリ
人間関係が不確かな社会で、それでも繋がり続ける細い細い糸のような運命にどこかで憧れている「俺」。
だからこそ、サビに出て来た「二人きり」になれる相手がいたらと思っていたのですね。
誰か、そんな相手がいるのかと思わせておいて、後半になるにつれてそんな相手誰もいないということがわかる歌詞により孤独が深まる感じがしますね。
しかし、それは全て雨上がりの虹のように美しくてもすぐに消えてしまう存在、つまり空想の産物ということですね。
やっぱり何もできないままの「俺」はどうなってしまうのでしょう。
続きの歌詞も見ていきましょう。