ダンスはうまく踊れない
あまり夢中になれなくて
ネコは足もとで踊り
私 それをながめている
夏の夜はすでに暗く蒼く
窓にみえる星の光近く
誰も来ないし 誰も知らない
出典: ダンスはうまく踊れない/作詞:井上陽水 作曲:井上陽水
「ダンスはうまく踊れない」という歌物語の主人公は「私」です。
オリジナル歌手は石川セリさんなので、ひとまず女性ではないか?と想像できるでしょう。
季節は夏、時間帯は夜。さらにネコと一緒にいることがわかります。
訪れる人がいない部屋に、ひとりの女性とネコがいる夜……という状況が見えてきました。
窓の外に見える星が輝いていることから、部屋は薄暗いイメージです。
その薄暗さは女性の心の内も表現しているのでしょう。
タイトルにもなっている「ダンスはうまく踊れない」が歌詞の冒頭に掲げられています。
さらに「夢中になれない」と続くので、女性には何やら憂いがあることがわかるでしょう。
ダンスは何の象徴?
この歌の最大の謎はタイトルおよびその歌詞にある……といっても過言ではないでしょう。
どうしてうまく踊れないの?ダンスをうまく踊りたい理由とは?そんな疑問が渦巻きます。
ダンスにもたくさんの種類がありますが、ここでは男性と女性が対になって踊る社交ダンス。
さらに深読みすると、男性と女性の恋を連想することができるのではないでしょうか。
ネコ以外には訪れる人がいない部屋で夜にひとり、女性が恋について想いを馳せているイメージ。
とくに夏は恋について開放的になりがちな印象があるのかもしれません。
でも恋は苦手、あまり夢中になれない……という心の内が表現されているのでしょう。
ひとりで踊る理由とは
ひとりきりではない?
ひとりきりでは
ダンスはうまく踊れない
遠い なつかしいあの歌
私 夢色のドレス
あなた限りない笑顔で
足を前に 右に 後 左
風の様に水の様にふたり
時を忘れて 時の間を
La La…
出典: ダンスはうまく踊れない/作詞:井上陽水 作曲:井上陽水
夏の夜、ネコと一緒に女性がひとりで部屋にいるイメージでしたが……そうではなさそうです。
ひとりきりではうまく踊れない、つまり恋はできないけれど、誰かがいれば話は違うでしょう。
ふたりになった
「ダンスはうまく踊れない」の歌物語には「あなた」という、おそらく男性が登場します。
これまでは女性ひとりで夢中になれる男性もいませんでしたが、笑顔の男性が現れたのでしょう。
井上陽水さんと石川セリさんの出会いそのものが描かれているイメージ。
ほとんど即興でこれほど美しく愛を語るなんて、さすが井上陽水さん!と驚かされます。
ダンス=恋は始まったばかり。
一歩一歩ステップを踏むように、ふたりで楽しい時間を過ごす様子がダンスで表現されています。
夢の中へ?
ひとりでは無理でも…
今夜ひとりで
ダンスはうまく踊れない
丸いテーブルのまわりを
私 ナイトガウンのドレス
歌はなつかしいあの歌
部屋の中で白い靴をはいて
ゆれる ゆれる 心 夢にゆれる
夜を忘れて 夜に向って
La La La…
出典: ダンスはうまく踊れない/作詞:井上陽水 作曲:井上陽水
「ダンスはうまく踊れない」という謎かけのようなタイトルは非常にキャッチーで秀逸です。
そして曲を聴くと、謎かけの答えがわかる歌詞になっている……というおしゃれな展開。
ひとりではダンス=恋はできないけれど、ふたりなら話は別。恋もダンスもできるわけです。
夢のような恋
そもそも女性は夢中になれる男性もおらず、ひとりでネコと一緒にいる状態だったのでしょう。
そこへともに笑い合える男性が現れたわけです。始まったばかりの恋はワクワクするもの。
まるで夢の中にいるような浮かれた気持ちで満たされたことでしょう。夢の中といえば……。
井上陽水さん3枚目のシングル「夢の中へ」が連想されます。1973年3月にリリースされました。
石川セリさんの「ダンスはうまく踊れない」が発売されたのは1977年4月。
つまり歌詞に登場するなつかしい歌とは「夢の中へ」のことを表しているのではないでしょうか。
もちろん男女の恋という意味で、夢や夜という言葉が使われているとも考えられます。
大人っぽいニュアンスを、美しい言葉で表現しているところがとっても上品ですね。
ただ、室内でも靴を履いているという表現もあります。想像されるのはダンスシューズっぽい靴。
そうなると本当にダンスそのものを部屋の中で踊っていることになります。
部屋でダンスを踊るのは、当時の時代背景からすると最先端のデートだったのかもしれません。
恋に臆病になっている女性に対して、僕と一緒なら大丈夫!という男性の心遣いも見えてきます。
うまく踊れない……とまどう女性を夢の中へと優しくリードするような、男性の優しさです。
そのため井上陽水さん自身が歌っても、心に響くのでしょう。
「ダンスはうまく踊れない」は、まさに夢のような恋が描かれた美しいラブソングでした。