深い愛情で結ばれた、とあるカップルの物語

この曲は遠距離恋愛をテーマに書かれています。

愛し合っているのに週末にしか会えないカップルの等身大の心情をしっかりと見ていきましょう。

物語の始まりは、お別れのシーン!?

繋いだ手を離せば また会う日まで1人で
「声聞くだけで良い」なんて 強い人を演じて
本当はずっと数えてる また会えるまでの日々を
ため息とただの呼吸の区別ももうつかないよ

出典: ゼロのままでいられたら/作詞:藤原聡 作曲:藤原聡

登場人物は1組のカップル

楽曲は始まったばかりですが、そのシーンはもうお別れの時…。

まだ同棲もしていない2人が唯一会えるのは、休日のみです。

欠かすことなく繰り返される、週末のデート

会えなかった寂しさを補うかの如く、繋いだ手は固く結ばれたまま離れません。

しかしそれも、お別れの時がきたら解かなくてはならないのです。

手を離すこと。

それは幸せに満ちたデートという非日常空間から、何の変哲もない日常に戻るサイン。

2人で過ごす楽しい時間から、また1人ぼっちで過ごす物足りない時間へ戻る合図なのです。

会えない日々だってメールをしたり電話をしたり、コミュニケーションを欠かすことはありません。

そうわかっていても寂しいのは、大好きなあなたが隣にいないから

それなのについ寂しくないふりをして、笑顔でバイバイと手を振ってしまうのです。

心のどこかで、この寂しさに気がついてほしい!と願っている。

それでもやはり心配はかけたくなくて、隠し通そうと必死になってしまいます。

無意識のうちにため息をついてしまうような、もどかしい日々

矛盾した2つの相反する感情の狭間で、それらの感情に押しつぶされないようにする方法はただ1つです。

それが、次に会える日までの日数を数えること。

あと何日で会える…。

何があろうと揺るがないその事実だけが、彼らの複雑な心模様を中和してくれるのです。

空っぽの手が寂しさを増幅させる

「じゃあね」と手を振って橋の向こうのバス停へ
消えてく背中が恋しくて「あと5日」
風が指の間くすぐって消えてった
それは寂しさを煽るようで

出典: ゼロのままでいられたら/作詞:藤原聡 作曲:藤原聡

さっきまで繋がれていたはずの手。

それがいまは川を挟んで、遠く離れた向こう側に行ってしまいました。

永遠の別れではないけれど…戻ってこられる距離だけれど…やっぱり寂しい

橋を越えることで物理的にも精神的にも、相手が離れてしまったことがわかります。

相手が遠ざかることの悲しさが繊細に表現されていますね。

いま別れたばかりなのに…もう次に会える日のことを考えているようです。

さっきまでギュッと繋いでいた手。

相手の温かさが包んでくれていた指先は、いまではすっかり空っぽです。

何気なく感じる風の冷たさが、2人の心模様を映し出しているようですね。

「ゼロ」の意味

幸せだけど、実は不安…?

一体 何年先の未来までこうやって
会えない日を数えなきゃいけないのだろう?
「笑い合った瞬間、思いの重さ」に比例して
離れると余計に胸が痛いよ
どんな数が掛かっても変わらない
ゼロのままでいられたら

出典: ゼロのままでいられたら/作詞:藤原聡 作曲:藤原聡

恋人と過ごすこの先の日々。

あたたかく、そして幸せであるはずの未来に、2人はささやかな不安を抱いているようです。

繋いだ手を解き、お別れを告げる寂しさは何度経験しても慣れるものではありません。

そのたびに心がギュッと痛くなって、悲しくて、辛くて。

そんなことを繰り返しています。

それほど相手のことを深く想っているからこそ、その反動も想像以上に大きい、というわけです。

「ゼロ」はポジティブ!

そしてとうとう、ここでタイトルと同じ歌詞が登場しました。

2人一緒にいるはずなのに、なぜ「ゼロ」?

一見するとネガティブなこの言葉ですが、決してそんなことなどありません。

その秘密は、算数で習う掛け算に隠されていました。

掛け算は掛ける数字の大きさによって、元の数字が大きくなったり小さくなったりしますね。

でも0を掛けると…?

もとの数がどんなに大きかったとしても、その結果はすべて「」になるのです。

つまり会えるまでの5日間でさえ、0を掛ければなかったことになる

これはカップルに置き換えれば、「同棲」や「結婚」を意味するのかもしれません。

相手を想う気持ちの大きさが滲み出ている、素敵なフレーズですね。

繋いでいた時は温かかったのに…