先ほど雲丹と栗にはトゲのついた殻があると言いました。
この歌詞部分にはトゲというワードは使われていません。
しかし間接的にトゲのことが触れられています。
君に近づきすぎないようにしているのは、トゲがあることを比喩しているのでしょう。
誰にも自分に干渉して欲しくない。
自分の殻に閉じこもってしまっている様子が伺えます。
喩えたものとは?
この歌詞から考察されるのは人を恐れてしまっているという事でしょう。
人と関わることに恐怖を覚えてしまい、拒んでしまう。
たとえそれが救いの手であっても同様です。
自分に自信をなくしてしまったが故に自分の身を強固な殻で覆ってしまう。
そのような感情を雲丹と栗の殻に喩えながら伝えようとしているのではないでしょうか。
サビ部分の歌詞
大事なことを教えてくれた
傷つけっぱなし 気づけない時もある
出典: 雲丹と栗/作詞:ACAね 作曲:ACAね
自分を守るためのトゲは時に人を傷つけてしまいます。
しかし傷つけたことにすら気づかない。
自分でトゲの鋭さと長さが把握できていないのです。
ここから伝わるのは、何気なく放った言葉や行動が人を傷つけてしまうことがあるということです。
自分は傷つけるつもりなんてあったわけではありません。
しかし受け取り手によっては深く傷ついてしまうこともあるのです。
この歌詞部分に込められた意味。
それは傷つけてしまっても気づけないことがある。
でも気づけなかったことに気づけたのならそれでいいのです。
そして気づいた時に謝ることが大事だと。
そんな当たり前すぎて忘れてしまっている大事なことを今一度教えてくれるような歌詞だったのです。
魅力の違い
雲丹と栗 柿と梨 たけのこご飯
魅力まで周りに合わせなくていいんだ
出典: 雲丹と栗/作詞:ACAね 作曲:ACAね
前半でも軽く紹介したサビ部分の歌詞です。
ここで大事なのはやはり魅力を合わせなくてもいいということ。
雲丹と栗には似たような共通点がありました。
さらにここでは、「柿と梨」そして「たけのこご飯」が出てきます。
柿と梨は同じ果物の仲間です。
柿は干し柿にもなるし、熟しても美味しいし、彩りも綺麗です。
一方梨は、甘くて、ジューシーで、大きさもあります。
全く魅力が違うのです。
ここでは魅力を比べる方がおかしいとさえ思わせてくれました。
異なる魅力の相乗効果
そして「たけのこご飯」。
これは魅力×魅力の相乗効果です。
そのまま食べても美味しい白米。
そしてシャキシャキ食感が楽しいたけのこが合わさったのです。
お互いの良いところが違うからこそ際立つのです。
白米には食感はあまり感じません。
しかしそこにシャキシャキのたけのこが加わることにより、足りない魅力を補ってくれるのです。
それぞれの魅力は組み合わせ次第で際立つということです。
自分の魅力が目立たないものであっても、誰かと一緒に何かをしてみる。
すると目立たなかった魅力が、一際輝くかもしれないのです。
この部分は自分にはまだ無限の可能性があるのだと教えてくれているような歌詞でした。
自分を貫く
いくらバッテンにされても そもそも目に止まらなくても
僕は僕を全うすることに 懲りないくらいでいいと
出典: 雲丹と栗/作詞:ACAね 作曲:ACAね
人から否定されたり、誰にも相手にしてもらえない。
それは生きていく上で避けては通れない道です。
自分が何かにチャレンジすると周りは否定を繰り返す事も多いでしょう。
「そんなことやって何になるんだ」「全然できてないじゃないか」。
蔑みの言葉を浴びているとだんだんと自分の気持ちも折れてしまいます。
しかしこの歌詞ではそんなことより自分の気持ちが大事だといっています。
自分のやりたいことをやり通す。
それは今、非難の言葉を浴びている人たちのどれだけ励みになるでしょうか。
周りなんて関係ない。自分の好きなように生きようよ。
そんな優しい言葉たちを語りかけてくれているようです。
僕と1匹とは
実は、【ずっと真夜中でいいのに。】には可愛い公式キャラクターがいます。
それがこの子【うにぐりくん】です。
この歌詞の中にも、うにぐりくんを匂わせるような部分がありました。