初恋は片想いであるもの
何度直しても狂ってく 少し壊れてる腕時計
あなたの姿見てるだけで 笑ってこぼれる片想い
これが最初かもしれないね あたし何も知りませんでした
もう逢いたいよって言うための言葉をいつでも探してる
出典: 夢見る隙間/作詞:AIKO 作曲:AIKO
正確にときを刻めない時計は恋愛としては不完全な片想いの隠喩でしょうか。
どうにか頑張って直そうと試みてもすれ違ってゆく哀しい恋愛模様。
それでも片想いには片想いだけでしか味わえない喜びもあります。
相手と馴れ合ってしまった恋では感じられないような胸のときめき。
彼を見つめるだけで笑顔になれるという純粋さは片想いならではのものです。
愛されることばかりに汲々としていてはこうした幸せは訪れません。
恋心が人を笑顔にするうちは周囲の人も温かく見守るだけで大丈夫でしょう。
実際には片想いによって泣くこともあるのでしょうが、そうした負の側面はこの曲では歌われません。
片想いも恋愛のひとつの形であることをaikoは力強く肯定します。
どんな恋愛であれ最初はどちらかの片想いから始まるもの。
出逢った瞬間にふたりともが恋に落ちるような幸福な恋愛は極めて稀でしょう。
愛を歌い続けるaikoはその点をリアルに見つめているのかもしれません。
あるいは自分の追憶の抽斗を開けてみながら歌詞を紡いでいるのかも。
主人公はこうした恋心は初めてだといいます。
初恋というものは片想いのままで潰えてゆくケースの方が多いでしょう。
恋する気持ちは不思議なメカニズムが働いていて、その秘密に迫ることは難しいことです。
理屈でも解明できるのかもしれませんが人類はまだその答えを持っていません。
私たちはまだ獣であったころから連綿と続いてきた営みであるのに謎ばかりです。
なぜこの相手が好きで仕方がないのか。
そんな具体的なことにも答えられないことがあります。
片想いであるならその謎はさらに深まるでしょう。
それでも私たちは自分の恋心に逆らうことができません。
「夢見る隙間」の主人公もいまお別れしたばかりの相手に、すぐ会いたくなってしまうと歌います。
走り出してしまった恋心は自分のものでも止めようがないものです。
ガムと片想いは噛み続けることが大事
愛情を表現しきることの大切さ
目を開けたらあなただけがいる 目を閉じるだけで浮かんでくる
長く噛んだガムの味のように
いつまでも終わらない忘れないようなキスがしたい
出典: 夢見る隙間/作詞:AIKO 作曲:AIKO
ガムのようにすぐ飲み込むことなく噛み続けることが目的である食べ物に長い片想いを重ねます。
ガムは長く噛み続けると味がなくなるものですがそうしたことを指摘するのは野暮でしょう。
最初に鮮烈な味がして驚いてしまう。
その味の虜になっていつまでも噛みしめる。
ガムが片想いの隠喩に用いられた理由はこの辺りにあるでしょう。
ずっと観念で想い続けているだけの片想いは不健康に病む可能性があります。
この主人公はキスなどの身体表現で相手に愛を伝えることができるのです。
キスされたならなぜ相手の男性はその愛に応えてくれないのかがさらに不思議になります。
主人公はお預けを食らったような状態で不安に苛まれるでしょう。
それでも愛情を表現できることにこの主人公の健康さが垣間見えます。
理想ばかりをカチカチに固めた片想いはどこか不健康です。
いずれ理想が破れたときの破綻のショックで病んでしまいそう。
その点で愛情を表現しきったと思える片想いはたとえ結ばれなくても手元に実感を遺すものです。
隙間もないほどの恋心
構成力が半端ないaikoの実力
知らず過ぎていく日々が頬をさらってく風が
全てあの人にあげればと後ろ髪をなでるから
止まらない
心があなたの事で全部埋まってしまった
夢見る隙間も残ってない あぁでも言わない
出典: 夢見る隙間/作詞:AIKO 作曲:AIKO
主人公の女性はあふれる恋心で胸の内がいっぱいのでしょう。
いよいよタイトル回収がなされます。
これほど誰かのことを強く想い続けたことが自分にあるかなと問いかけたくなるのです。
毎日来る日も来る日も彼のことで胸がいっぱい。
心の底から深く彼を愛してしまう。
その恋愛が報われる日はまだ来ません。
それでも誰かを愛すること。
その主体性こそが彼女を人間として素敵な存在にさせています。
このことは受動的に愛されることを待っているだけでは絶対に身に付けられない人間的な魅力なのです。
不条理であっても人間の心の声に忠実に生きている姿が逞しく見えます。
胸のうちを彼への想いで満たしているから夢を置くスペースもなくなるほど。
楽曲の後半でタイトルの意味が分かるという仕掛けが見事です。
高い音楽性に支えられた楽曲ですが、やはり歌詞に詰め込んだ恋愛哲学が筋を通したものであること。
aikoの魅力が全開であふれています。
主人公の健気な想いにうたれてこの片想いを応援したくなるのです。
「夢見る隙間」のその先へ
報われないままに終わる片想いでも
たまにやって来る春が たまにやって来る夏が
明日も明後日も来年もやってきてくれるのかな
逢いたい
出典: 夢見る隙間/作詞:AIKO 作曲:AIKO
いよいよクライマックスの歌詞になります。
リフレインになるのですが最後のラインが違うのです。
クライマックスに至って切なさはさらに加速しています。
結局、最後まで結ばれることのない100パーセント片想いの楽曲です。
ときどきご褒美のように愛のお裾分けをいただけることを唯一の希望にして片想いを続けます。
何ひとつ報われない片想いではないので、この先もずっと彼への想いを抱き続ける。
リスナーはふたりが歌詞の中で結ばれることを期待したかもしれません。
片想いにはそれなりの喜びもありますが、そのつらさも知っていますから。
片想いで完結してしまうのは快い裏切りを受けたような思いもします。
しかしずっと片想いを貫く女性像でなければ新しく歌にする必要はなかったでしょう。
aikoの作家性のようなものがこの辺りに見えてきます。
その味にときめきを感じてガムを噛み続けるような片想いを描いてきたこの曲「夢の隙間」。
今、実際に片想いをしているすべてのリスナーに寄り添うような歌詞です。
希望はいつだってあることを歌詞の裏面で示唆します。
ずっと想い続けていればいつか救われるでしょう。
結ばれることは叶わなくても誰かを主体的に愛する経験は人を成長させるものです。
またaikoは相手の気持をきちんと考えながらの片想いの姿しか描きません。
この傾向は片想いを肯定する際にとても大切なことでしょう。
愛情を精一杯注ぐことが、相手に自分の気持ちを一方的に押し付ける行為ではないと描くこと。
こうした基本的なマナーに背いていない片想いの姿。
相手の気持ちを汲み取るからこそ片想いでいること。
初恋であるのならばエゴイスティックな愛に陥らない主人公の姿は凛々しく立派に感じます。
愛についての鋭い観察眼で描かれているので、この辺りの描写は人の道を外れることがないです。
「夢の隙間」
スウィングしてジャイブしながらあふれる恋心を歌いきったaikoの魅力。
主人公の献身的な恋だけに限らず、すべての片想いがいつか実を結ぶことを祈ってこの記事を終えます。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。