このフレーズでは、KNIFEとナイフは使い分けられています。
「ココロのKNIFE」は、今、まさに唄おう、表現しようとしている者の心象そのものです。
無垢で小さなものが「生きたい!」と切望する叫びにも似た唄を唄い始める僕。
未熟だった頃、それでもいつか表現したいと願った日を思い出しながら。
『光と闇の精緻な神話世界』
ここからは作品を読み解くための少しディープなパート。木を見るための森林探索です。
キーワードとしての『光と闇』
藤原基央が書く詩の世界は、不思議なくらいに「色」のイメージがありません。
テーマとして取り上げられることが多い「宇宙」は漆黒の闇の空間です。
また、「闇」、「暗闇」という言葉自体も多く見られます。
そうした「闇」の中で輝く、「星」、「稲妻」、「ほうき星」、「灯火」、「信号」のような光。
それ自体光らなくても反射して輝く、「ガラス」、「鏡」、「月」、「剣」、「盾」…
詩の中に登場するモノの多くは、「白」、「透明」のような無彩色のイメージです。
漆黒の闇の中に閃く光。
そこに、「美」や「儚さ」、「救済」、「希望」、「勇気」を見い出す感性が特徴的であり魅力的です。
そして普通はネガティブに捉えられがちな「闇」という言葉にも独自の意味づけがされています。
霊性を持った『闇』
藤原基央の実家で飼っていたという黒猫は、少年期の精神形成に大きな影響を与えたようです。
小さい身体に秘めた野生、人に媚びない自由、群れない孤独な気高さ…
猫が見せる様々な表情に、自分の境遇や思いを重ね合わせ、愛したのだと思います。
「ガラスのブルース」にそんな彼の想いを感じますが、「K」はもっと具体的です。
忌み嫌われる「闇に溶ける」黒猫。
絵描きは黒猫に「ホーリーナイト(聖なる夜)」と名付けました。
ホーリーナイト、聖なる夜という「黒≑闇≑夜」という連想です。
黒猫は、絵描きの恋人へのメッセージを命がけで走り届けます。
手紙を読んだ恋人は もう動かない猫の名に
アルファベット1つ 加えて庭に埋めてやった
聖なる騎士を埋めてやった
出典: k/作詞:藤原基央 作曲:藤原基央
「holy night」から「holy knight」。
「聖なる夜」にKを一つ与えて「聖なる騎士」として葬ったわけです。
ナイフに発音されない黙字のKを与えてKNIFEと使い分ける由来をここに見出すことができます。
また、同時に、「黒」という色、「夜」や「闇」に、神聖かつ守護的な霊性を感じていることも見てとれます。
少年は、黒猫に「野生」、「自由」、「孤独」を感じ共感していました。
そして、同時に少年を守る「聖なる存在」としても愛していたのではないでしょうか。
「闇」という言葉は普通は死や不安というようなネガティブなイメージを連想させます。
が、藤原基央が書く詩の世界では、「闇」は霊性を持った「聖なる空間」。
欲望や劣情に塗れた猥雑な原色の生活空間を黒一色で塗りつぶして生まれる「聖なる空間」。
その空間があるからこそ、「勇気」や「希望」などの手垢にまみれた言葉も神話性を持って響くのです。
神話世界の中での色彩イメージ
色彩イメージが暗示する彼岸の世界
もちろん例外的に鮮烈な色彩イメージが登場する歌詞もあります。
ただその場合は、過去の想い出や幻のような情景の表現に用いられています。
得意の絵を描いてあげる 僕の右手と水彩絵の具で
丘の花は黄色にしよう そのほうが見つけやすいから
三日月が光る頃 この絵と同じ丘で待ってるよ
明日僕らは大人になるから ここで思い出をつくろう
神様見渡す限りに きれいなタンポポを咲かせてくれ
僕らが大人になっても この丘を忘れぬように
出典: くだらない歌/作詞:藤原基央 作曲:藤原基央
絵の中の世界に黄色の花のイメージが広がります。
そこに「三日月が光る頃」という語により、空は闇に近い暮色に染まるのです。
一面にタンポポが咲く丘。そこはもう儚い未来、彼岸の世界です。
真っ赤なキャンデイが差し出されている 驚いたけど貰ってみる
笑った女の子が席に戻る 誰にも知られず僕が泣く
出典: 銀河鉄道/作詞:藤原基央 作曲:藤原基央
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」へのオマージュであることは言うまでもありません。
ジョバンニが青年から手渡される赤いリンゴがモチーフでしょう。
現実の描写かもしれませんが、賢治の作品世界の幻想的なイメージが重なって見えます。