「マイルズ・アウェイ」と愛の姿
2008年4月発表、マドンナの通算11作目のアルバム「Hard Candy」。
このアルバムに収録されてシングル・カットされた「マイルズ・アウェイ」について解説します。
日本では木村拓哉主演の月9ドラマ「CHANGE」の主題歌に採用されて大ヒットしました。
フォーキーなサウンドが心地よいのですが、歌詞を読むと非常に切ないラブ・バラードになっています。
当時のマドンナのパートナーだった映画監督のガイ・リッチーのために書かれたラブソングです。
一方でいつもは遠くに離れてしまっているファンとの交流について書いたとも考えられます。
穏やかなサウンドが非常に心地よく日本ではとても愛された楽曲「マイルズ・アウェイ」。
この曲の歌詞を和訳して当事者の心象風景などを解説いたします。
それでは実際の歌詞をご覧いただきましょう
パートナーへ宛てた歌
マドンナが朝に自宅で覚醒めます。
すでに寂しさが漂っているのを読み解きましょう。
夢から醒めると
I just woke up from a fuzzy dream
You never would believe these things that I have seen
出典: マイルズ・アウェイ/作詞:Madonna T.Mosley J.Timberlake N.Hills 作曲:Madonna T.Mosley J.Timberlake N.Hills
「私は今ぼやけた夢の中から覚醒めたばかり
私が見た夢の内容などあなたは絶対に信じないわね」
朝の覚醒めの瞬間に訪れた寂しさがこの歌の軸になっています。
語り手はマドンナ自身を想定しているのでしょう。
覚醒めたものの隣には誰もいてくれないようです。
孤独な朝の覚醒め。
マドンナのような超VIPスターでも寂しい朝を迎えてしまう。
人にとって孤独というものは何だろうと考えさせられます。
私はあなたに問いかけるのです。
しかしこの場にあなたはいません。
「マイルズ・アウェイ」でのあなたとはマドンナの当時のパートナーであるガイ・リッチー。
イギリスの映画監督ですから撮影のときなどはアメリカ合衆国にはいません。
ともに遠距離で暮らしながら結婚生活を送っていたのです。
遠く離れて暮らしているので今朝見た夢などの他愛もない話ができません。
意思疎通をしたい気持ちはあっても、夢の話など些細な要件は会話にのぼらないのでしょう。
こうした生活の中ではどうしてもすれ違いが生じてしまいます。
夢の鏡とあなたと
I looked in the mirror and I saw your face
You looked back through me you were miles away
出典: マイルズ・アウェイ/作詞:Madonna T.Mosley J.Timberlake N.Hills 作曲:Madonna T.Mosley J.Timberlake N.Hills
「私は鏡を見たの そうしたらあなたの顔が浮かんでいたわ
あなたは私をまっすぐに見ているのに あなたは遠く離れたところにいるのよね」
悲しい夢の内容です。
マドンナが鏡を覗き込むとそこにはガイ・リッチーの姿があった。
鏡の中ガイ・リッチーはマドンナを真剣な眼差しで直視します。
しかし現実にはガイ・リッチーは彼女と遠く離れた場所で生活しているのです。
「マイルズ・アウェイ」というタイトルがすぐに回収されます。
落ち着いたサウンドなのですが歌詞は非常に物悲しいです。
こうしたすれ違いが結婚生活に影を落として実際にふたりはこの曲の発表後に離婚します。
「マイルズ・アウェイ」はその離婚直前のマドンナの心模様をつぶさに描きました。
アーティストという存在は私生活の中から切り落とした想いを表現するものです。
しかし表現した後にはもっと普遍的に人々に訴えるものがないと生き残れません。
マドンナはパートナーとの想いを描きながら、遠く離れているファンのことも考えます。
この「マイルズ・アウェイ」がガイ・リッチーへ宛てたものだというエピソードは定説です。
その一方でリスナーはもっと身近な物語としてこの曲を解釈する自由があります。
マドンナと今は遠く離れている。
しかし楽曲発表・ライブツアーなどで少しだけ近付くこともできる自分のエピソードとして捉える。
そうした解釈も有効でありリスナーの自由です。
または語り手の私を自分のことと置き換えて遠距離恋愛などの辛さをシェアすることもできるでしょう。
夢から現実へ
徐々に意識が覚醒めてゆく中で思いが変わってゆきます。
心模様の移り変わりが鮮明になる箇所です。
夢の世界には戻れない
All my dreams they'd fade away
I'll never be the same
出典: マイルズ・アウェイ/作詞:Madonna T.Mosley J.Timberlake N.Hills 作曲:Madonna T.Mosley J.Timberlake N.Hills
「私のすべての夢がしぼんでゆく
決して夢の中と同じようにはいかないの」
覚醒めてしばらくすると夢は忘却の彼方に立ち退きます。
夢の内容を覚えたままで暮らすと現実の記憶がおかしくなるために夢は忘れ去られるのです。
それでも夢の輪郭だけは朧気に覚えているものでしょう。
何か悲しい夢を見たという印象は起きてからしばらく人々のメンタリティを支配します。
語り手の私であるマドンナも夢の悲しさに引きずられて楽しい思いにはなれません。
それでも覚醒めることで意識がクリアになり始めます。
もう夢の中には戻れないと思うのです。
現実は夢の中と同じようにはなりません。
覚醒めた今は鏡を覗いても愛しい人の姿は浮かんでこないのです。
夢の中でならばパートナーの姿を見ることができました。
現実よりも夢の中の方がまだマシだったかもしれません。
そばにあなたはいてくれないと思い悩むようになります。
結婚生活が思うようにならないことをマドンナは全世界に歌で表現しました。
私生活の何を売り物にするかはアーティスト自身だけが決めることができるもの。
私たちリスナーはその背景にある様々な事情まで立ち入る必要はありません。
それよりも自分にとっても身近なシチュエーションであったらどうするか考えてみてください