恋じゃなくて「鯉」
2019年4月17日発表、あいみょんの通算7作目のシングル「ハルノヒ」。
このシングルのカップリング曲である「鯉」について歌詞を検証します。
「鯉」は音韻として恋と同じなのですがまるで意味が違うものです。
しかしあいみょんは「鯉」にこそこの恋の真骨頂を見ました。
いったいどのような文脈があるのでしょうか。
楽曲「鯉」は珍しいスカ・サウンドで軽妙なアレンジが加えられています。
一聴すると明るい内容の歌かと思ってしまうはずです。
しかし歌詞の方は叶わなかった恋についていつまでも引きずってしまう主人公を描きます。
うまくいきかけた恋が目の前ですり抜けて逃げてしまったような感覚。
過去を振り返って思い当たるリスナーも多いでしょう。
男女問わず人気のあるあいみょんですがこの歌では乙女心を歌い上げます。
2010年代らしい新しいセンスの失恋ソングです。
涙は不要ですので楽しく付き合ってください。
歌詞を紐解いて何が失敗だったのかなど他人の失恋を肴にあれこれ考えてみましょう。
それでは実際の歌詞を見ていきます。
タイトルの真意を追う
失恋とうつ症状の相関
逃がした魚が大きいと
私の心もすっかりぽっかり
馬鹿でかい穴が空くよ
魅力的だと言ったでしょ?
私のこの眼を
じゃあ見つめてみて
眼で確かめてね
ねぇ ね。
出典: 鯉/作詞:あいみょん 作曲:あいみょん
歌い出しの歌詞になります。
登場人物は語り手の私とあなたです。
その他に魚が出てきますがこれがタイトルの秘密の正体であります。
失恋によって逃した魚のことを「鯉」とあいみょんは名付けました。
鉛色の真鯉ではなく色とりどりな錦鯉のようにきれいな鯉でしょうか。
私たちは失恋を経験すると腑抜けたような哀しみに襲われます。
一時、メンタルはうつ症状に陥ってしまうのです。
失恋での心の傷によるうつ症状はうつ病などとは違います。
しかしうつ病と同じように気を病むあまりに自殺を選ぶ人もいるので注意が必要です。
心に空いた穴のようなものから生命力・気力など様々なものがこぼれ落ちます。
あまりにもうつ症状が酷いときは周囲に助けを求めてください。
その際には専門のカウンセラーに頼った方がいいかもしれません。
失恋など大したことないよ頑張れなどという無神経な友人は呪ってもOKです。
とにもかくにも語り手の私はいま圧倒的な無力感に苛まれています。
私の執着は続くのだが
語り手の私は終わったことに執着し続けます。
失恋をした際には新しい魅力的な恋で記憶を上書きして乗り越えるしかないです。
しかし私は新しい相手などまだ現れません。
自分のことをふったあなたの言動を逐一思い返している最中です。
明るい曲調ですので負の感情に気付かないかもしれません。
しかし中島みゆきの「うらみ・ます」や山崎ハコの「呪い」のメンタリティに近いものがあるのです。
しかしそうした負の感情をスカのビートに乗せるのですからあいみょんは天才でしょう。
負の感情というのは本来バカバカしいものです。
笑い飛ばしてしまうくらいがちょうどいいものかもしれません。
語り手の私は失恋直後だからこそ過去の記憶を再生し続けます。
しかし失恋から立ち直ったときにはこうした言動を笑える強さがあるかもしれません。
ただ、やはり相手であるあなたが思わせぶりな真似をしたことがどうしても許せないようです。
私はあなたに「魅力的」と形容されてヒートしてしまいました。
もう有頂天になってあなたに自分の方から魅力を感じてしまったに違いないです。
しかしあなたは多くの女性に「魅力的」と目を見つめながらいうタイプの伊達男かもしれないでしょう。
私の恋心を着火させた「魅力的」という言葉におだてられて木には登りました。
あなたはその木を根こそぎなぎ倒すような真似をして去ったのかもしれません。
伊達男の名前をそっとデスノートに記して失恋など忘れて欲しいのですが私の執着は続きます。
新しい恋で上書き
王子様を「待つ女」の姿
街角で彷徨うシンデレラ
もうそう思うしかない
行ったり来たりのハイヒール
折れてしまうわ
耳をすませばワンコール
少しの光がキラキラと
私の前に現れるのを待っちゃってます
出典: 鯉/作詞:あいみょん 作曲:あいみょん
私はもう壊れてしまいました。
ただ家の中でうつうつとしているよりは街角に出られるだけ症状は軽いかもしれません。
失恋の際は人付き合いが怖くて街にも出られないという人もいるでしょう。
私はむしろ街角をうろうろと徘徊するのです。
不思議な行動の先に何か希望が待っているという訳ではありません。
所在なくて仕方がなく街角を目的もなく右往左往しています。
私は自分自身をシンデレラだと思える強さを持ち合わせているのです。
通例、失恋の際には自分の外見に問題があったのではと悩むものでしょうがそうしたことはしません。
そもそも逃した魚の大きさというものを考えられる余裕がある不思議な失恋です。
目の前が一切真っ暗になって失望・絶望で気が遠くなりそうという悲劇性は抑えられています。
心が折れてしまうことよりもハイヒールが折れることを心配しているくらいです。
スカのビートというのはこれほど物事を軽く思わせてくれるのですから魔法でしょう。
私は確実に新しい王子様をねだっているのです。
ただ王子様というものはそこら中に転がっているものではありません。
愛も恋も収穫物なのか
街角を右往左往して新しい王子様を探す自称・シンデレラの私。
また以前の恋のように希望を抱かせてくれる言葉をささやく男性の登場を待っています。
私の恋愛に関しての姿勢は愛してくれる人を待ち望むというものです。
愛してくれる人に心を預けることでやすらぎや愛情が湧いてくるタイプなのでしょう。
好きだといわれた途端に相手のことを好きになるような女性です。
あまり幸せになれる恋愛はしないだろうなとこの時点で思ってしまいます。
愛することよりも愛されることを待つ女性。
その受動性ゆえに愛の本質を見失ってはいないかと思わされるのです。
元々、逃した「鯉」というように愛を所有していたのに失ったという図式的な解釈がいけません。
愛は「ある」ものであって所有するものではないからです。
愛すら所有するものと捉えてしまうのは現代社会の弊害でしょう。
逃した・失った「鯉」であったという時点で私の愛に対するスタンスの浅さが透けはしないか。
しかしこうしたことを傍から思っていても歌詞の中の私は愛を待ち続けます。
失恋は新しい恋で上書きするのがベストというのはすでに述べました。
ただし、新しい恋は前の恋よりも上質なものでないと意味がないのです。